「私の時はこうだった」が軋轢を生む？経験を活かし変化を受け入れる関係性のコツ
誰もが持つ「過去の経験」という財産
私たちの人生は、これまでに積み重ねてきた経験の連続です。特に長年様々な人々と関わってきた方にとっては、豊富な経験が知恵や洞察となり、日々の生活や人間関係において大きな助けとなることでしょう。かつての教育現場での経験、子育てや地域活動で培った知識、親戚付き合いの中で学んだことなど、一つ一つが大切な財産です。
これらの経験は、適切な場面で活かされることで、周囲の人々にとっても有益な情報や示唆となることがあります。しかし、残念ながら、時にその大切な経験が、現代の人間関係、特に価値観や環境が大きく変化している家族や若い世代との間で、思わぬ軋轢を生んでしまうこともあります。
なぜ「私の時はこうだった」がトラブルにつながるのか
「私の時はこうだった」「昔はこれが当たり前だった」といった過去の経験に基づいた言葉が、相手に受け入れられずに反発を招いてしまうのはなぜでしょうか。そこにはいくつかの理由が考えられます。
- 価値観と環境の大きな変化: 私たちが経験してきた時代と現代とでは、社会の構造、技術、子育てや教育に対する考え方、働き方など、あらゆる面で価値観や環境が変化しています。過去の「常識」が、現代では全く通用しない、あるいはそぐわないという状況が多々あります。
- 経験への無意識の固執: 過去に成功した経験や、自分が良かれと思って実践してきた方法は、自分にとっては揺るぎない真実となりやすい傾向があります。「このやり方でうまくいったのだから、これが一番良い方法だ」と無意識のうちに固執してしまうことがあります。
- 相手の状況への配慮不足: 過去の経験を語る際、現在の相手が置かれている具体的な状況や、相手が持つ考え方、感情を十分に理解しないまま話を進めてしまうことがあります。結果として、アドバイスが相手の状況に合わなかったり、感情的に受け入れられなかったりします。
- 「助言」が「評価」や「否定」に聞こえる: 良かれと思って伝えたアドバイスも、伝え方によっては相手のやり方や考え方を否定しているように聞こえたり、「あなたは間違っている」と評価されているように感じられたりします。特に、過去の成功体験を前面に出されると、「自分は経験不足で劣っている」と感じ、劣等感や反発心を抱くこともあります。
経験を「活かす力」に変えるための具体的なステップ
では、大切な過去の経験を、人間関係を損ねる原因ではなく、むしろ円滑にし、深めるための「活かす力」に変えるにはどうすれば良いのでしょうか。いくつかの具体的なステップをご紹介します。
1. 自分の経験を「一つの視点」として捉え直す
自身の経験は貴重ですが、それはあくまで「数ある選択肢の一つ」「過去の環境下での成功事例」であると認識することが第一歩です。現代社会には多様な価値観や多様な生き方があり、正解は一つではありません。自分の経験を絶対的なものとして捉えず、あくまで参考情報として相対化する視点を持つことが大切です。
2. 相手の状況と気持ちを「聴く」ことに徹する
相手の話を聞く際は、「自分の経験に基づいたアドバイスをしよう」というフィルターを一度外してみてください。まずは、相手が今どんな状況に置かれているのか、どのような考えを持っているのか、どのような感情を抱いているのかを、ただひたすら理解しようと努める姿勢が重要です。相槌を打ったり、相手の言葉を繰り返したり、内容を要約したりといった傾聴の技術は、相手が安心して話せる環境を作り、信頼関係を築く上で非常に有効です。
3. 共感と承認を惜しまない
相手の話に対して、「大変ですね」「頑張っていますね」といった共感やねぎらいの言葉を伝えましょう。また、たとえ自分の経験や考えとは異なるやり方であっても、相手の選択や努力を頭ごなしに否定せず、「そういう考え方もあるのですね」「難しそうなことにも挑戦しているのですね」のように、まずは受け止める姿勢を見せることが大切です。相手は「自分のことを理解しようとしてくれている」と感じ、心を開きやすくなります。
4. アドバイスは「求められたら」提供する
経験に基づいたアドバイスは、相手が「どうすれば良いか困っている」「意見を聞きたい」と感じている時にこそ、その価値が最大限に発揮されます。相手から明確に助言を求められない限りは、まずは聴くこと、共感することに注力しましょう。アドバイスを求められた場合でも、すぐに答えを提示するのではなく、「何か私に手伝えることはありますか？」「もしよかったら、私の経験で役に立つことがあるかもしれませんが...」のように、相手の意思を確認するクッション言葉を挟むとより丁寧です。
5. 経験は「情報」として「提案」する
アドバイスをする場面では、「こうするべき」「絶対にこれが正しい」といった断定的な言い方は避けましょう。自分の経験を伝える際は、「私の時はこうすることでうまくいった経験がありますよ」「こういう視点から考えてみることもできるかもしれませんね」のように、「情報提供」や「一つの選択肢の提示」として伝えることを意識します。最終的にどうするかは相手が決めることである、というスタンスを明確にすることで、相手はプレッシャーを感じずに済みます。
6. 小さな感謝やねぎらいの言葉を増やす
日頃から、相手の行動や存在に対して感謝やねぎらいの気持ちを具体的に伝えることを心がけましょう。「〇〇してくれてありがとう」「いつも△△していて感心するわ」「お疲れ様」といったポジティブな言葉は、相手の自己肯定感を高め、お互いの関係性に安心感と温かさをもたらします。このような日々の積み重ねが、いざ難しい話をしなければならない時にも、感情的な対立を防ぐ土台となります。
事例から考える
事例：息子夫婦の子育てへの関わり
例えば、息子夫婦が自身の経験とは異なる方法で孫を育てているとします。食事の与え方、寝かしつけの方法、学習への取り組み方など、昔ながらのやり方とは違うことに、つい口出ししたくなるかもしれません。
「私の時は、もっとしっかり食べさせていたわよ」「夜泣きしても、すぐに抱っこしないで待ったものよ」といった言葉は、良かれと思って伝えても、息子夫婦にとっては「私たちのやり方は間違っていると言われている」「干渉されている」と感じられる可能性があります。
このような場合、まずは息子夫婦がどのような考えでその方法を選んでいるのかを丁寧に聴くことが大切です。「このやり方、何か理由があるの？」「大変そうだけど、この方法でうまくいっているの？」などと質問し、理解に努めます。
そして、「大変ね、いつも子育てお疲れ様」「〇〇君（孫）も少しずつ大きくなっているのね」といった共感やねぎらいを伝えます。
もし息子夫婦から「お母さんの時はどうしていたの？」と尋ねられたら、「私の時はね、こういう風にしてみたらうまくいったことがあったわよ。でも、今は色々なやり方があるから、あくまで参考までにね」のように、押し付けにならないように伝えることができます。
大切なのは、子育ての主体は息子夫婦であると認識し、尊敬の念を持って接することです。自分の経験は、あくまで「こういう方法もあるよ」と示す引き出しの一つとして提供し、最終的な選択は相手に委ねる姿勢を貫くことです。
第三者としてトラブルに関わる際の視点
家族や友人、地域で、過去の経験への固執が原因で軋轢が生じている状況を目にすることもあるかもしれません。第三者として関わる場合も、基本的な考え方は同様です。
一方の肩を持ち、過去の経験を絶対視する人の意見に同調したり、変化を受け入れようとしない姿勢を助長したりすることは避けるべきです。また、変化を受け入れようとしている人に対し、安易に過去の方法を勧めることも適切ではありません。
どちらの立場の人に対しても、まずは話を丁寧に聴き、それぞれの置かれている状況や考えを理解しようと努めます。そして、「どちらの言い分にも一理ありますね」「時代の流れで色々な考え方が出てくるのは自然なことかもしれませんね」のように、客観的な視点を示唆することができます。
「経験を活かすことも大切ですね。同時に、新しいやり方にも良い点があるかもしれませんね」といったように、過去と現在の双方に目を向けるよう促す言葉を選ぶことも有効です。
まとめ：変化を受け入れ、経験を未来に活かす
過去の経験は、確かに私たちにとってかけがえのない宝物です。しかし、その価値は、変化する現代社会の中でどのように活かされるかによって決まります。経験に固執するのではなく、時代の変化や多様な価値観を柔軟に受け入れる姿勢を持つことが、円満な人間関係を築く上で非常に重要です。
自分の経験を「情報」として提示し、相手の主体性を尊重すること。そして何よりも、相手の話を心から聴き、共感し、承認する姿勢を大切にすること。これらのコミュニケーションを心がけることで、かつての経験は、相手を否定する「壁」ではなく、未来の関係性を豊かにする「架け橋」となるでしょう。
変化を受け入れることは、自分自身を常に新しい知識や考え方でアップデートしていくことでもあります。それは、人生をより豊かに、そして人間関係をより穏やかにする確かな一歩となるはずです。