「良い人」でいたい気持ちがトラブルに?:自分も相手も大切にする関係性の作り方
「誰からも好かれたい」「波風を立てたくない」という思いから、「良い人」でいたいと願う気持ちは、多くの人が心の中に抱いているものです。この気持ちがあるからこそ、私たちは他者と協力し、円滑な社会生活を送ることができます。
しかし、この「良い人」でいたいという気持ちが過剰になると、思わぬ形で人間関係のトラブルを引き起こすことがあります。今回は、「良い人」でいようとすることがなぜ裏目に出ることがあるのかを探り、自分も相手も大切にしながら、より健全で息の長い関係性を築くための考え方と具体的な方法をご紹介します。
「良い人」でいることが招く、意外なトラブル
私たちは、「良い人」であるために、相手の期待に応えようと努力したり、自分の本音や都合を後回しにしたりしがちです。しかし、これが続くと、いくつかの問題が生じやすくなります。
- 断れないことによる無理や不満の蓄積: 頼まれごとを断れず、キャパシティを超えて引き受けてしまい、心身ともに疲弊する。結果として、引き受けたことへの不満が募り、態度に現れたり、相手への不信感につながったりします。
- 本音を隠すことによる誤解や不信: 相手に嫌われることを恐れて、自分の意見や感情を正直に伝えられない。これにより、相手は真意を理解できず、誤解が生じたり、「何を考えているか分からない人」として不信感を抱かれたりすることがあります。
- 過剰な自己犠牲が招く関係性の歪み: 常に自分を犠牲にして相手に尽くそうとすると、一方的な関係になりがちです。相手はそれに甘えたり、感謝の気持ちを忘れがちになったりする可能性があり、尽くす側は「なぜ分かってくれないのか」と苦しむことになります。
- 相手からの期待がエスカレートする: 一度「良い人」として振る舞うと、相手はこちらが何でも受け入れてくれると期待するようになります。その期待に応えきれなくなった時に、相手は失望し、関係性が悪化することがあります。
例えば、地域で役員を依頼された際に、「良い人」と思われたい気持ちから断れず引き受けたものの、負担が重すぎて他の活動がおろそかになり、結局周囲に迷惑をかけてしまったというケース。あるいは、息子夫婦からの無理な頼み事を「可愛い孫のため」「関係性を円満に保つため」と引き受け続けた結果、自身の時間が持てなくなり、疲れてイライラしてしまい、かえって家庭内に険悪な雰囲気が漂うようになった、といった事例が考えられます。過去に教育現場で、保護者からの過度な要求に対して「NO」と言えず、一人で抱え込んで体調を崩された方もいらっしゃったかもしれません。
健全な関係性のために必要な「バランス」
では、「良い人」でいることの落とし穴を避け、健全な関係性を築くためにはどうすれば良いのでしょうか。それは、「他者を大切にすること」と「自分自身を大切にすること」のバランスを取るということです。
心理学において、健全な人間関係は、お互いを尊重し合い、適切な「境界線」がある状態だと考えられています。相手のニーズに応えることは大切ですが、それと同じくらい、自分の感情、時間、エネルギー、そして限界を尊重することが重要です。
自分も相手も大切にするコミュニケーションのステップ
このバランスを取るためには、意識的にコミュニケーションの方法を変えていく必要があります。以下に具体的なステップをご紹介します。
- 自分の感情とニーズを認識する: まず、自分が何をしたいのか、何を感じているのか、何に負担を感じるのかを自分自身で把握することから始めます。頼まれごとに対して、「できるか」「やりたいか」だけでなく、「無理がないか」「負担に感じないか」と自問してみてください。
- 正直かつ穏やかに伝える勇気を持つ: 相手に嫌われることを恐れず、自分の状況や気持ちを正直に伝えましょう。伝える際は、相手を責めるような言い方ではなく、穏やかなトーンを選ぶことが大切です。「~していただけませんか?」という依頼に対し、「申し訳ありません、今は少し手が離せなくて難しいです」のように、ストレートに断るだけでなく、理由や代替案を添えることも有効です。
- 「Iメッセージ」の活用: 自分の気持ちを伝える際に、「あなたは~だ」と相手を主語にするのではなく、「私は~と感じます」と自分を主語にする「Iメッセージ」を使うと、相手に受け入れられやすくなります。「いつもあなたがこうするから困る」ではなく、「あなたが~した時、私は~と感じます」と伝えることで、感情的にならずに済みます。
- 期待を適切に管理する: 相手があなたに過剰な期待を寄せていると感じたら、早めにあなたの状況や可能な範囲を伝えましょう。すべてを引き受けるのではなく、「これはできますが、あれは難しいです」「~については、△△さんのほうが詳しいですよ」のように、できることとできないことを明確にすることで、相手の期待値を調整できます。
- 「聴く力」を活かす: 相手の話を丁寧に聴くことは、相手を尊重する重要な行為です。すぐに解決策を示したり、自分の意見を述べたりするのではなく、まずは相手の気持ちを受け止める傾聴の姿勢は、「良い人」であろうと無理するよりも、はるかに深い信頼関係を築きます。相手が話している内容だけでなく、その背後にある感情にも耳を傾けましょう。
- 感謝やねぎらいを惜しまない: 相手の好意や行動に対して、素直に感謝の気持ちを伝えましょう。これは「良い人」として義務的に行うのではなく、心からの感謝を伝えることで、相手も心地よく感じ、健全なギブアンドテイクの関係が生まれやすくなります。
これらのステップは、家族、地域、友人、そして過去の教育現場での関係性など、あらゆる人間関係に応用できます。例えば、息子夫婦に頼まれたけれど負担に感じることは、「手伝いたい気持ちはあるのだけど、この時期は少し他の用事があって難しくて。また別の機会なら助けになれるかもしれないわ」のように、正直に、かつ相手の気持ちも配慮して伝える練習をしてみましょう。
第三者としてトラブルに関わる際の注意点
もし、あなたが友人や家族の人間関係トラブルに第三者として関わる場合も、「良い人」でいようとする気持ちが思わぬ事態を招くことがあります。どちらか一方に肩入れしすぎたり、安易に仲裁に入ろうとしたりすることは、あなたの立ち位置を危うくし、関係性を複雑にする可能性があります。
- 中立性を保つ: どちらか一方の味方をするのではなく、公平な立場を保つよう努めます。
- 求められた範囲で関わる: アドバイスを求められた場合にのみ、客観的な情報や選択肢を提示するようにします。解決策を押し付けたり、代わりに動こうとしたりするのは避けましょう。
- 「聴く」に徹する: 相手の気持ちを受け止める傾聴は、第三者としてできる非常に有効なサポートです。ただし、相手の愚痴や不満に引きずられすぎないよう、感情的な巻き込まれには注意が必要です。
- 自分の境界線を守る: トラブルに関わることで自分が疲弊したり、他の関係性に悪影響が出たりしないよう、関わりの深さや時間を自分でコントロールすることが大切です。
まとめ
「良い人」でいたいという気持ちは、決して悪いものではありません。しかし、その気持ちに囚われすぎて自分を犠牲にしてしまうと、かえって人間関係にひずみが生じ、トラブルにつながることがあります。
大切なのは、完璧な「良い人」を目指すことではなく、自分自身の心と体に耳を傾け、自分の価値観や限界を尊重することです。そして、その上で、正直かつ穏やかなコミュニケーションを通じて、相手との間に健全な境界線を築いていくことです。
自分を大切にすることは、わがままではありません。それは、他者とより対等で、持続可能で、お互いを尊重し合える関係性を築くための、土台となる一歩なのです。今日から少しずつ、自分の気持ちに正直になる勇気を持ってみてはいかがでしょうか。小さな変化が、きっとあなたの人間関係をより豊かなものに変えてくれるはずです。